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古墳時代の庶民の墓はどんなものだったのか?

3世紀末から7世紀までの期間を「古墳時代」と呼ぶ。数々の古墳が作られた時代だが、我々が知っている古墳といえば、立派な前方後円墳で、皇族や豪族の墓である。それでは、その古墳時代の庶民の墓はどうなっていたのだろうか?





現存する大阪府下の古墳総数は約6000墓もある。20世紀のはじめごろまで、群馬県には8423墓もの古墳があったというから、日本中の古墳数は、少なく見積もっても10万墓はくだらないだろうといわれる。

その中の多くは、我々がイメージするような立派な墓ではなく小さな古墳が数多く存在している。特に古墳時代後期には小型の円墳が激増し、1ヶ所に10墓、20墓、場所によっては100墓以上も密集していた。しかも、1つの墓に数人から10人以上が埋葬されているのでおり、古墳時代の後期には、実に多くの人達の遺体が古墳に埋められたことになる。そして、おそらくこれが「庶民の墓」だったのではないかと考えられているのである。古墳時代後期は小さな古墳が庶民の墓だったとされているのだ。

では、古墳時代の前期、中期には、庶民はどのようにして葬られていたのかというと、木製の棺をごく小型の円墳や方墳にいれて葬っていたようで、やはり小さな古墳に葬られていたといことになる。

それでこそ古墳時代ですよね。古墳じゃなかったらどうしようかと思いました。まぁ、どうもしないんですけどね。(部長)
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